嫉妬 | 津川診療所 福島県 福島市 精神科 カウンセリング 精神療法 心理療法 精神分析 カウンセラー

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院長あいさつ

嫉妬

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 嫉妬についての質問がいくつか寄せられました。一つ一つに直接答えることにならないかもしれないのですが、嫉妬というテーマで言いたいこと、思いつくことを書いてみます。

 

 最も言いたいことは、嫉妬を感じることを肯定的に捉えて欲しい、です。

 嫉妬という感情は、おそらく誰にとっても、楽しいものではありません。出来れば味わいたくない感情でしょう。更に、一般的には、嫉妬を良くない感情だとみなす傾向があります。だから、嫉妬を感じることをいいことだとして、それを推奨するような僕の態度に、戸惑いを感じるクライエントが少なくないのは当然のことなのだと思います。でも、どんな人にとっても、嫉妬という感情から無縁でいられることは有り得ないのではないでしょうか。意識できないことはあっても、嫉妬が生じない人生はないと断言していいと思います。すぐには無理な場合があることは十分わかっているつもりですが、あるものをあるとして受け入れていくことは、理屈を超えて大事な事だと思うのです。

 『不安』というタイトルのもとで、不安と友達になれ、と書きました。嫉妬を肯定的に捉えて欲しいというのも、その感じと似ています。嫉妬を嫉妬として自覚出来、自分のものとして受け止め、なくそうとしないでいられるようになれれば、もうそれだけで相当のところまで進んでいると言っていいと思います。そこまで行くのに結構苦労することが多いよなあ、というのが実感です。

 嫉妬に近縁の感情に焦点を当てて治療の流れを簡略してみます。まず怒りが出てきます。恨み、憎しみ、悔しさ、そういう感情がテーマになります。そして、嫉妬という表現を使うか使わないかを別として、そこに触れることが出来るようになります。そのあたりを行ったり来たり繰り返しているうちに、ふと、嫉妬が嫉妬としてはっきりし、認めざるを得なくなります。何か腑に落ちる感じというか、納得感というか、そういう感じを伴うことがあります。

 嫉妬の実感は、本当の意味で主観的価値を客観化するチャンスです。自分が何にこだわっているかがはっきりするということです。愛されることに、認められることに、愛するものの独占に、絶対の安全保障に、優越に、勝つことに、これまで意識せず当たり前だと思って追い求めていた価値、そして分析が始まってからは、知的にはそこを客観的に見ようとしてきた価値。それを「ああ自分はここにこだわっていた(る)んだなあ」と体感することに直結します。それが納得感を呼ぶのかもしれません。

 僕の治療観では、主観的不安に特別な位置付けを与えています。内面の深い感情に至る為の通り道のようなものだとのイメージです。主観的不安は、『虐待の連鎖その三』で提示した"潜在的孤独感"が全く潜在的であれば、自覚されないものだと考えます。防衛が上手くいっているかぎり(挫折がないと)、不安が不安として自覚されることはないと考えていいと思うのです。不安が生じているということは、潜在的孤独感が少しは顕在的になってきていることを意味していると考えます。そして、潜在的孤独感が顕在的になればなるほど、我々を超えた大きなものに生かされているとの体験に近づくのではないだろうか。それが僕の仮説です。嫉妬体験は、潜在的孤独感が顕在的になっていく道のりの一里塚として重要な意味を持っている。そんな気がして仕方がないのです。

 

 

 

 

  

 

 

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