発達障碍について | 津川診療所 福島県 福島市 精神科 カウンセリング 精神療法 心理療法 精神分析 カウンセラー

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院長あいさつ

発達障碍について

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 発達障碍についての意見、治療観を聞かせてほしい、との質問をいただきました。

 質問者はさらに次のように述べています。

 発達障碍の概念は拡がってきていても、障碍特性にばかり目が行っていて、彼らの『心』にあまり目が向けられていない風潮があると感じる。例えば自閉症圏の方の『こだわり』や『融通の利かなさ』も、情報の同時複数処理の困難さが器質的背景としてもともと存在し、こだわることによって情報の洪水から身を守っているのではないか。『こだわり』は器質的ハンディを補うためのその方なりの工夫として2次的に生まれたものではないか。自分としては、彼らとの面接では、その方自身の器質的特徴の把握と共有に努めながら、そういう器質的特徴を抱えながらこれまでどう生き延びてきたか、その中での成功や失敗を明らかにするところからスタートしている。そうしていると、障碍特性に埋もれていたその方の心の輪郭が次第にはっきりしてくることを経験している。

 その上で、「発達障碍のような器質的特徴を抱えた方々の『心』に、先生がどのようなアプローチを用いているかを知りたい」と述べておられます。

 質問者が、以上のような表現で何を言いたいのか、何を感じているのか、共感する部分も含めて、わかるような気がします。僕に質問したい気持ちもわかる気がします。自分なりにやっていてもどこかこれでいいと思いきれない感じがあるのではないでしょうか?錯覚でないことを祈り、そのわかった感じをもとにして、レスポンスしてみようと思います。

 器質的特徴とか、器質的ハンディとか、障碍特性とかの表現が多発するところに引っ掛かりを感じます。発達障害と診断される方々が、「特に」器質的な問題があるとの前提があるようです。

 一卵性双生児を除いた一人一人がそれぞれ異なった器質的な特徴を持ち、その特徴がその後の環境によって、程度の差はあるけれども必ず歪められる、この原則は全ての人に当てはまる。これが僕の考えです。遺伝か環境かという議論をよく聞きますが、僕には意味がわからないのです。両方に決まっているじゃないか、どちらかということはあり得ない、と思うのです。遺伝か環境かという問の立て方自体に問題がある、そんな気がして仕方がありません。

 僕にとっての関心は、歪みがどのようなものか、その歪みは訂正可能か、です。それを知るためにもその人をその人の立場に立ってわかっていこうとするわけですが、その人を全体としてわかっていくということを、その人の器質的特徴はこういう感じだなあ、それがこういう風に歪められたんだなあと、およその見当がついてくることだ、と言ってもいい感じがします。そして、その人が、その人の器質的特徴をよりストレートに伸ばす方向に、つまり歪みが減る方向に、変化するかしないかは、精神医学的診断とは別にして判断する必要があると思うのです。

 自閉症圏」の方の『こだわり』や『融通の利かなさ』が、その人の器質的背景が環境によって歪められたことと関係しているのは自明なことだと思います。器質的背景の関与が占める割合が大きいのかどうかは、そんなに簡単にわからない。そもそもわかりようのない問かもしれない。というよりナンセンスだ。正しい問は、どのような器質的背景がどのように歪められたか、 その歪みと『こだわり』や『融通の利かなさ』との関係はどんなものか、ではないでしょうか。

 そのような考えに立った上でその人をわかっていこうとし、それがある程度成功した時に、器質的背景に対して、『情報の同時複数処理の困難さ』と、否定的な表現を用いたくなるかどうか、大いに疑問だという気がします。

 診断をつける行為。その上でこの診断名の人たちには器質的なものの関与が大きいとする考え方。もともとの器質的なものにハンディがあるとみなす見方。このホームページの「院長あいさつ」にも書いていますが、そういう立場に、害こそあれ、積極的な意味があるとは思えないのです。

 質問への直接の答えは、「基本的にはすべての人に同じアプローチをとっているつもりだ。」です。

 



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