"気"と"気づかい" | 津川診療所 福島県 福島市 精神科 カウンセリング 精神療法 心理療法 精神分析 カウンセラー

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"気"と"気づかい"

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 気という文字は、とても面白いものだと思います。気という文字の入った単語、表現は、実に多い。今、思いつくだけ並べてみます。気づく。気が利く。気になる。気にする。気のせい。気長。気短か。気を失う。元気。きりがないのでやめますが、今のはたまたま全て、人の気持ちと言おうか、気分と言うか、硬く言えば、人間心理、あるいは人間関係での事象に関しています。

 空気とか、気候とか、直接的には人間の心理に関係しないものにも使われます。自然現象に関するものです。でも、それらの自然現象は、すべて、人間心理に影響を与えるものだ、とは言えそうです。あるいは、気という文字が使われる自然現象は、人間心理と関わりの深いものであり、人間心理のたとえとして使われやすいものだ、と言ってもいいかもしれません。例として、低気圧、ノー天気、などが思い浮かびます。

 雰囲気とか気配とか、自然現象とも人間心理(関係)とも言えない、その間にあるようなもの、あるいは両方に関わるものに対しても使われます。

 僕は特に、「そんな気がして仕方がない」という表現を多用します。このブログでもしょっちゅう出ていると思います。便利に感じるというか、つい、そう言いたくなってしまいます。そこに、誤魔化すとか、曖昧にするとか、防衛的な心理が働いている可能性はあるかもしれません。そのチェックは忘れないようにしようとは思いますが、防衛的なものだけではないと言いたいのです。

 感じていることを正直に言おうとすると、「なんとなくそんな気がして仕方がない」と言わざるを得ない時がある。そう言わざるを得ないという感覚に、何かポジティブなものがある。意味がある。それこそ、そんな気がして仕方がありません。

 呼吸法をしていると、"気"が流れるのを感じるようになります。"気"の存在を実感します。その自覚の度合いが増せば増すほど、そんな気がすると言う時の僕の主張が見当はずれでなくなってくる、そんな関係がありそうです。ここでも、そんな気がして仕方がないと言いたくなりました。

 "気づかい"との表現もまた面白いと思います。"気"が、直接的に、人間関係に向いている感じです。

 どんなに自己主張的な人でも、またどんなに不愛想な人でも、場面によって、あるいは相手によって、全く気を使わないでいられることは有り得ないのではないでしょうか。動詞にすれば、気を使う、ですが、それが意識的なものであれ無意識的なものであれ、人間関係を維持するためには、必ず、気が使われる、と言えないでしょうか。

 人間関係を維持するために必要とされる"気づかい"。これを大きく、"配慮"と″こび"に分け、依存支配型と孤立型に対応させる。これが僕のアイディアです。

 普通の日本語の感覚だと、配慮というのはどちらかというとプラスの意味で使われ、こびはマイナスの意味で使われていると思います。こびを迎合に置き換えても、やはりマイナスの感じです。

 気づかいが少ない方が、気づかいが減れば減るほど、そして本音が自由に出せれば出せるほど、それをより良い人間関係だとする。そういう前提が僕にはあります。一旦その状態に至って初めて、自然に相手の立場に立つことが出来るようになる、これまでとは質の違う気づかいが出来るようになる、という意味合いです。ここで問題にしている気づかいは、すべて、それ以前のもの、人間関係を維持するために必要とされるものです。

 ですから、配慮もこびも、僕にとっては同じように、どちらかと言えばマイナスの感じなのです。もちろん、プラスでもマイナスでもなく、中立的に、ただ現象を描写するものとして使いたいのが本音です。

 次回は"こび"について書く予定です。

 

 

 

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